小倉祇園太鼓

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古船場一・二丁目町内会

関ヶ原の合戦以降、宮津より中津にお国替えになった細川公が交通の要衝として小倉城を築いた。その内水面の船着場こそ名前となっている古船場町である。安政4年(1857)作の玉鉾(福岡県有形文化財指定)を有し、明治時代にも神幸還幸行事に参加する22町内会の一つとして記録されている。町内の紋は「鍵印」。年に一度のお城入りとなる小倉祇園祭に、大手門を開け閉め役を担った印と言い伝えられている。 北九州市制初年度(1963)作の銅吹き屋根に廻り舞台の現在の山車は宇佐神宮の関連大工に依頼した。当時よりの伝統を守り、安全祈願祭・通夜祭・敷地祓い・筋提灯・大揃い・狐落とし等の諸行事を名称共々継続している。太鼓の叩き方は「一色流」、元祖町内として多くの優勝経験を誇る。少子高齢化やドーナツ化にいち早く着目し「祭り人」たる町外の参加者とは、町内からは伝統、祭り人からは人材、と双方の持つ利点を交差させている。ここ数年は140名前後の参加者が町内を支え、祇園祭以外の年中行事として、年越し餅つき(菅原神社)・道作り(妙見神社花見)等の催事で将に異業種交流会的な三世代を形成している。活動の拠点は、菅原神社を含めた古船場通り界隈である。

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